手背部石灰沈着症の症例報告及び、石灰化機序
北信越柔整専門学校長
医学博士 木島光仁
北信越柔整専門学校助手
発表者 柔道整復師 岡本 透
Tはじめに
石灰沈着症とは、正常にカルシウムの存在しない場所に石灰沈着を起こしたものをいう。局所的石灰沈着症は Sandstom と Gondos の統計によると、肩関節部が圧倒的に多く、次いで股関節部、肘関節部、膝関節部、手関節部、手部の順であると報告している。
ここで、当学校付属病院において、平成2年 1 月より平成5年4月迄の4年間に、局所的石灰沈着症 73 例を経験し、その中でも稀な手背部有頭骨上にあった石灰沈着症を1例経験したのでここに若干の考察を加え報告する。
U症例報告
【症 例】33歳男性
【傷病名】左手背部石灰沈着症
【原 因】来院時より3日前、訓練機(ブルーワーカー)にてトレーニング中疼痛出現、徐々に疼痛増大し昨晩より疼痛著明、激烈となり当院に来院す。
【症 状】疼痛著明、圧痛著明、手指運動痛著明、腫脹有り、手背部発赤認む。
【X線検査所見】有頭骨上に雲状の石灰沈着陰影認む。(写真1、2)
写真1
|
写真2
|
写真2の拡大
【治 療】左手背部石灰沈着症摘出術施行す。
【手術所見】白い練り歯磨き状の貯溜液、すなわち石灰沈着物質を認む。(写真3)
写真3 |
【術後X線検査所見】石灰沈着陰影消失す。
〔術後当日〕石灰沈着物質摘出による内圧の低下により疼痛の減少を認め、その後、針金シーネ施行、安静を保持させる。
〔術後3日目〕創痛有り、運動痛、腫脹軽減す。
[術後8日目〕抜糸、疼痛軽減、圧痛有り、腫脹消失、運動痛軽減す。
〔術後12日目〕疼痛、運動痛消失、圧痛軽減により針金シーネ除去す。
〔術後13日目〕手背部の疼痛、腫脹、圧痛消失し、手指の運動痛もなく治癒す。
V考察
1.診断法
(1) 本症は急性化膿性炎症と間違え易く、突発的に激烈な疼痛を伴った局所の発赤、腫脹、並びに熱感を認めるが、付近に皮膚の損傷はなく、また局所リンパ節の腫脹も認められず、X線検査にて手背に小豆大の雲状の陰影を認めるものである。
(2) 特に類似疾患として急性化膿性炎症の他、痛風、骨折、脱日、異物の存在等が挙げられ、急性炎症症状において類似している痛風の場合、皮膚の色は帯赤紫色で有るが、本症の場合は淡いピンク色を呈する。また骨折や脱臼、異物の存在においては外傷である事は明瞭であり、認めるべき外傷は比較的に不明瞭な本症の臨床症状を念頭におけば、診断は容易である。(図l)
2.治療法
石灰沈着症摘出術による観血的治療は最良と考えられるが、非観血的治療も臨めるのでここに紹介する。
まず、局所の安静と冷湿布および針金シーネ等で固定し、経過を観察するか、また局所麻酔剤とステロィド剤の局所注入、更に局所の穿刺吸引等が挙げられる。
この激烈なる疼痛は比較的短期(約1週間位)で消退すると言われているが、3週位つづくものもある。発症後約2週〜3週で石灰沈着陰影は漸次吸収していくが、時には骨化してしまい長期存続してしまう事もある。
局所的石灰沈着症において、肩関節周囲炎に続発する石灰沈着性腱炎等は、亜急性型、急性型、漫性型等があるが、本症の場合ほとんどが急性型であり激烈な疼痛を伴う為、早期疼痛軽減を計るべきであり、また骨化した場合等、長期の疼痛等もある為、観血的治療を行うべきものと思われる。
3.成因
文献によれば、外傷説、退行変性説、代謝異常説等があるが、いずれにせよ繰り返し又は、持続性の外傷によるものである。
(1) 病理学的には、筋、腱、滑液胞等の軟部組織に軽微な炎症や、組織の壊死又は、血管腔狭小によっての血液量の減少による変性壊死等によって石灰沈着が発生すると考えられている。(図2)
(2) 生化学的には、細胞は活動により高濃度の炭酸ガスを発生している為、血中においてカルシウムやリン酸は、組織に沈着する事なく恒常性を保っている。しかし、組織が変性、または壊死に陥る事によりその組織細胞は炭酸ガスを発生しにくくなり、アルカリ性に傾いていく。その結果、カルシウムやリン酸は炭酸塩やリン酸塩になり易く、またその時にカルシウム濃度の増加が伴えば更に石灰沈着は促進されるものと考えられている。(図3)
(3) 今回の症例の場合、訓練機(ブルーワーカー)にて過度の訓練をした為、組織(腱または、腱鞘)が、軽微な炎症を起こし、また変性し、炭酸ガス張力の減退が起こり、組織がアルカリ性に傾き出し、血中において飽和状態のカルシウムやリン酸が、それらの塩として沈着したものと考えられる。(図4)
Wまとめ
1. 当学校付属病院において、過去4年間に1例の手背部石灰沈着症を観血的に石灰沈着物を摘出し、良好な結果を得た。
2. 本症例は訓練機(プルーワーカー)によっての微小外傷( Micro Trauma )が、原因であると考えられた。
3. 本症は Micro Trauma に続発するものが多い為、患者は接骨院に来院する可能性が高く、柔道整復師も、これに対し適確なる知識と診断が必要であり、本症の特徴の一つである激烈なる疼痛を早期軽減させる為には、専門医に委ねるべきである。
質問者
この手背部における石灰沈着症であるが、肩関節における石灰沈着症と変わるところがあるか?
回答
全く、変わるところはございません。今回の症例事態が非常に珍しく、珍しいがゆえに石灰が何処にでも沈着することを示しております。生体内における石灰沈着が組織の変性若しくは壊死による炭酸ガス張力の減退がもたらすアルカリ性がこの石灰沈着を引き起こす事に変わりはございません。あくまでも、HawlandとWellsの説ですが、これらが肩の関節で発生したとしても納得のいく説明であると思います。
参考文献 (1)池田亀夫他監修 南修文昭図説臨床整形外科講座
手、前腕の疾患メディカルビュー社(P158〜P171)
(2)池田亀夫他監 修大畑雅洋 萩野幹夫・阿部光俊・荒井三干雄
図説臨床整形外科講座 代謝性疾患
メディカルビュー社(P106〜P125)
(3)木本誠二監修 現代整形外科学大系17B
骨筋肉の外科
中山書店(P64〜P67)
(4)竹内正著 最新病理学
文光堂(P204〜P206)
(5)石橋良彦編著 生化学
丸善(P388〜P389)
平成3年6月に北信越ブロック接骨学会にて発表しております。
また、同年北信越柔整専門学校学術研修会でも発表いたしました。
|